褐色時計の随筆
  「granthamと私」
  「古時計とエレベータと私」
  「時計のようで時計でないもの」
  「商館時計との出会い」
  鍵−Watch Key−
  「金属質感フェチ」
  「ここだけの話」
  「ミニッツとの遭遇」
  「ミステリー Mystery-」
  「献辞の謎を解く楽しみ」
  「百年の刻」
  「男と女」
  「バージウォッチ復元記」
   
褐色時計の世界
リピーターサウンド集
サウンドトラック集
用語集
褐色時計文庫のご紹介
祝 褐色時計協会 様

















「granthamと私」

「おや?あんた懐中時計もってるのかい?珍しいねえ」と時々いわれます。

普段使ってるのが、懐中時計なのでこんなことを言われるのですがこの時計について少々書いて見たいと思います。

この時計は今から約250年ほど前の1750年頃にロンドンの時計師James Granthamが作りました。
この頃はまだ個人工房で時計が作られており、作者がはっきりわかるので私は作者の名前で親しみを込めて「grantham君」と呼んでいます。

当時はまだまだ時計が高価な時代で、現代では考えられないような手間をかけて作られていた時代です。

たとえばこの時計、ケースは当時イギリスで流行した2重になったケース(ペアケース)ですが、素材はインナーケース/アウターケースともソリッドの22Kピンクゴールドを使用し、ぼぼ全面に大変手の込んだ彫刻が施されています。(なんと時分針まで!)
さらにテンプの軸受けには、小さいながらも透明度が高く冷たい色のローズカットダイヤモンドが使用されており、目をみはるばかりです。

詳しい解説は写真のページを見て頂くとして(写真4〜10参照)この時計、リピータ機能がついております。
ハーフ・クォータ、つまりペンダント(吊環)の部分を押し込むことで1時間の1/8単位で、例えば12時45分なら大きな音で12回、続いて小さな音と大きな音の連続音で3回鳴ります。最初の大きな音が12時、次の連続音が1つにつき15分(クォータ)なので45分を
表します。

さらにこれが12時53分ですと大きな音で12回、連続音で3回、そして最後に小さな音で1回鳴ることにより12時45分から1時の中間である12時52分30秒を過ぎていることを知らせます。

もちろん1時〜1時7分30秒までの間は大きな音を1回鳴らすだけです。

内蔵されたベルを大小二つのハンマーで叩くことによりこれらの音を発生させているわけですが、この音がなんとも良い音でして夏によく見かける鉄製の風鈴に似ているものの、もっと透明で繊細な、遠くまで良く聞こえる大きな音がします。

直径3センチたらずのベルでどうしてこのような音がだせるかと言いますと、まずベルの素材がベルメタルというとても重い材料であること、さらにインナーケース/アウターケースともに
ベルの音が良く聞こえるように透かし彫り彫刻で無数の穴が空いていることによります。

さらに前にも書きましたが内外ともにおよそ装飾が施されていない場所が思い浮かばないほどあらゆる箇所に、しかも高倍率のルーペでみても見事な出来の彫刻が施されているので、ほんの
ちょっとした時間に眺めるだけでも思わずみとれてしまいます。
さらに非常に微細な部分まで描写しながらも深い凹凸が打ち出されたケースの彫刻と高純度のソリッドゴールドがもつ独特の感触は手に触った感触が良く、程良く手に馴染みます。

こんな具合に素材/彫刻/音/手触りとあらゆる楽しみができながら実用品としても十分つかえます。

ほら、いつも身に付けて歩きたくなる気持ちがなんとなくわかってきたでしょう?

    *      *      *

それでは、次にどういう使い方をしているのかお話ししましょう。

たとえば身に付ける方法ですが、手首という指定席?がある腕時計とちがっていろいろなスタイルで持ち歩けます。

代表的なのは鎖を付けて3ピーススーツのベストのポケットに入れるというのがありますし、ベルトループに鎖を引っかけてズボンのポケットに入れる方も多いです。

どちらが楽かというのは個人の好みによりますが、私見を述べさせて頂きますと…

ベストポケットの利点:
ポケットが小さいので懐中時計があまり動かず機械にやさしい。
立っても座っても取り出しやすい。

ベストポケットの欠点:
服装が限定されやすい。

ズボンのポケットの利点:
大抵の服装で身に付けられる。
ズボンのポケットの欠点:
座った状態で取り出しにくい。

というわけで私の場合は専用にベルトケースを用意しました。
カメラのアダプタ用のケースでちょうどgrantham君がぴったり収まるケースを見付けたので、セーム皮で内張りし、ベルト通しをつけてベルトの左前に固定して利用しています。

これは着ている洋服の種類に関係なく同じ場所に付けられ、場所も大体ベストポケットと同じくらいの位置になるので大変取り出すのが楽です。また座っても楽に取り出せます。
これでベルトを使用できる服装の場合はカバーできるようになりました。

ではベルトを使用出来ない場合、たとえば深夜、寝巻にハンテンなどを羽織ってコンビニエンスストアなどに行く場合ですね。
もちろんそんな場合は時計など必要ないかもしれません。
しかし、私の場合は「幼児性愛着症」的なつき合い方をしているので、例え寝巻でも家を出るさいはかならずgrantham君をお伴につれて行きます。

さりとて寝巻の上からベルトを付けるのはいかにも変ですね?
だから提げ紐の一端に安全ピンをつけ、不意の落下事故を防止しつつハンテンか寝巻のポケットにそっと忍ばせるのです。

そうそう、落下防止で思い出しました。
懐中時計を使う場合はできれば紐か鎖で身につけてうっかり取り落とした場合などに直接地面に落ちないようにしたほうが良いでしょう。

紐か鎖か?これは腕時計でいえばブレスレットか皮ベルトか?
というのと同じイメージかも知れません。

私の個人的な好みを言わせて頂くなら紐の方が断然便利です。
なぜなら鎖はそれ自体に弾性や張りがなくいつも自重でダラリと下がっているばかりか激しく運動した場合などブラブラと邪魔になることが多いのです。
この点、組み紐でしたら軽く張りがあるためあまりブラブラしないので身に付けていてもあまり気になりません。
しかも絹、人毛、皮革、合成樹脂などバリエーションも豊富です。

ただし、見栄えについてだけは良く細工された鎖にかなわないでしょう。
古い鎖は高価な貴金属や豪奢な彫刻を施したものもあり、非常に魅力があります。

私の場合は第一条件として編み込の緊密さと色のよさから選んだ合成樹脂の組み紐を常用しています。
これは骨董市でみつけたもので、もともとは茶色だったものが紫外線の影響か経年変化で緑色っぽく変色しており、WW2のドイツ空軍で夏季に使用された使用している「ダークグリーン」
という色に似た色になっています。

これの一端をベルトループあるいは安全ピンに通して利用しているわけです。

さて、これでお出かけ時はいつでもgrantham君と一緒です。

    *      *      *

こんどはgrantham君を使っていて気付いたことを書いてみましょう。

それはgrantham君の大きな利点の一つ、リピータの使用感についてです。
これまでリピータに関する読みものをいろいろ見てきましたが、実用に使うというシチュエーションをあまり見たことがありません。
強いて言えば「こうもり」という歌劇のなかで女性を口説く道具として使われた程度で、本来?の使い方とは違う気もします。

実際には懐中時計の使用者にとっては大変便利な機能なのでどんどん利用したいものです。
たとえば満員電車でポケットから懐中時計を目の前まで持って行くのが困難な場合。

リピータならポケットのなかでペンダントをプッシュするだけだから大きく手を上げる必要もありません。
また、仕事帰りの時など時間を知りたいけど披露困憊して時計を取り出す気力も無い時。
リピータならポケットのなかでペンダントをプッシュするだけだから気楽です。

さて、そうして往復の通勤で鳴らすことが多いリピータですが、いつも電車やバスに乗っててリピータを使うと周りの人達は決まってキョロキョロし、そのあとで必ず時計を見るようです。
老若男女を問わずこういう反応をしめすので、もしかしたら人はベルの音を続けて聞くと時間を連想するのか、あるいは遺伝子に刷り込まれた記憶なのか?

知人と意見を交わした結果、お寺の鐘や時計台のチャイム、ボンボン時計など、単調にゆっくりと反復して鐘を打つものには時を告げるものが多いから自然に自分の時計も見て確認してしまうんじゃないかという結論に達しました。

考えてみたら当り前のことだったのかもしれませんが、やってみると意外にその反応で驚いてしまいます。リピータをお持ちの方は是非お試し下さい。

勿論、自分が使っていることが回りの人にバレると不審者と思われます。
そうならずににつかうコツは、なるだけ自分が鳴らしたと気付かれないよう素早く、さりげなく操作することです。

さて、最後にgrantham君との出会いについて話してみたいと思います。

まず在外スイス調整委員会発行の「XVI世紀からXX世紀のスイス時計」と言う本をみて、そこにでているハンス・ヤコブ・マイヤーII世という人が18世紀中ごろに作ったゴールドリポセケースのリピータを見たのがはじまりでした。

当時愛用していたイングリッシュ・ペアケース(写真1参照)に良く似た時計でリピータまでついたその時計に大変こころ惹かれ、いつかこのような時計、できればさらに凝った彫刻の時計を手に入れたいと思ったのです。

もっとも手軽で早い方法としてオークションがあるのですが、私が参加した低価格で有名なドイツのオークションではなかなか該当するような時計が現れませんし、やはり現物を手にとらずに購入するのも大変不安でした。

そうこうするうちに約1年、関東近辺の主な骨董市や時計屋さんを探し回ったあげく、自宅からそれほど遠くない場所に私の望む18世紀のバージウォッチやリピータを豊富に揃えた店があるという噂を聞き、探し回った挙げ句ある骨董屋さんでやっとそのお店の名前と場所を教えてもらうことが出来ました。

そして行ってみると確かに18世紀の古いものから19世紀の近代的なものや新旧のリピータ等が豊富にありました。
そしてショウケースの奥にキラキラと輝くリポセ彫刻の懐中時計を発見し、はやる心を押えながら訪ねました。

 「その奥の時計はリピータですか?」

果してその時計はリピータでした。
しかも私が望んだクォータリピータではなくミニッツリピータが現れる前の当時はリピータの中では最も高価だったハーフ・クォータリピータです。さらに様式も以前本で見たものより古く、彫刻がさらに凝ったものでした。
そして店員さんが操作してくれたリピータの音は、それまでゴング式のリピータしか聞いたことの無かった私にはその
澄みきった透明な音と長い余韻は衝撃的といって良いくらい素晴らしいものでした。
つまりこの時計は私の要求をはるかに上回るものだったのです。

たったひとつ問題だったのは私の懐が要求を満たしていない事でした。
値段を聞くとやはり普通の勤め人がポケットマネーで気軽に買える金額ではありません。
私に出来ることはそのお店にあししげく通い、ただただ眺めるだけだったのです。

そうして1年経ち、私も長年連れ添った女性と正式に結婚することとなりました。
それはこれからの人生の節目として記念となる時です。
これはやはり記念となる、それも心の拠り所となるものを購入する良い機会です。
もちろん私が買うものに迷いはありませんでした。

さらにこの時計、以前聞いたのはO/Hと一年保証付きの価格であって、私の場合は修理やO/Hは全部自分で行う、いわゆる「現状買い」なので、ずっと安くしてくれまました。
これで晴れて私は望み通り、いやそれ以上の時計を入手出来たのです。
足掛け2年の道のりでした。

もちろん入手したときの私の喜びは唯事ではありません。
就寝する際も枕もとに置きテンプの刻音を聞きながら眠りについたくらいです。
もっとも最初の一週間はうれしさのあまりなかなか眠りにつけず毎晩夜が明けるまで枕もとの時計を眺めるありさまで、睡眠不足によりすっかり体調を崩してしまいましたが・・・。

購入からまもなく3年をむかえますが、愛着は衰えるどころか増すばかりです。
購入前の予想どおり多分一生この時計とつれそうことになるでしょう。

    *      *      *

とりとめもなく書いてきましたが、時計とのこんなつき合い方も楽しいものです。
みなさまも是非工夫されて古時計と楽しくおつき合いください。

by 秋本 久志


Home


Copyright(C) Digital Art Creators ,INC. Allrights Reserved