作りのよい時計は、見ていて飽きないものですね。
深みのある文字盤の色合い、美しく光るエッジ、スパッと鋭角に切れた針の先、リューズを巻いた時の巻き心地、こんもりとなめらかにカッティングされたサファイヤクリスタル、ケースの曲線美・・・。
時計の旅人たちは、こういうところを見ながら時が経つのを忘れます。
良い時計を作るには優秀な技術者の強い集中力が要求されます。
時計のフォルムにはその集中力の痕跡が残っていて、こちらに伝わってきます。
緻密な手仕事が施されて、なおかつバランスのとれたシェイプを見ていると、何かこう、その時計が生き物というか有機体のように思えてくるものです。
テンプの振幅という、なんでもないごく単純なことを正確に行うために、その時計には大変な作業がほどこされています。
あらゆる角度からパーツを点検し、歯車の歯のひとつひとつを手で磨き、100分の1mmの精度で車のあがきを調整し、針の先にほんのわずかについた油を機械の奥深いところに差し、ちょっとでも手が震えると極端に変形してしまうデリケートなヒゲゼンマイを息を殺して整形し、髪の毛よりも細い天真の先の形状を顕微鏡で見ながら調整していきます。
「時計とのひととき」を通じてわたしたちは、「ごく当たり前のことを極限的な意志をもって行う」ということを感じ取り、感動します。
そして、その大変な作業の集大成ともいえる時計を所有して、自分と同じ体温にまで温め、自分と時計だけの豊かな時間を過ごすのです。
これはとても、感覚的な体験です。
日常生活で、こういう楽しみを与えてくれるものは他にはありません。
そう考えると、時計を買うために支払うものなんてちっぽけなものかもしれません。
何十年も素晴らしい楽しみを与えてくれるわけですからね。
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